大津地方裁判所 昭和34年(ワ)32号 判決 1960年5月24日
原告 安藤圓亮
被告 (第三一号事件) 即真周湛 (第三二号事件) 宗教法人天台宗宗議会
主文
原告の本件各訴を却下する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は昭和三四年(ワ)第三一号事件につき、「被告は原告に対する昭和三三年一二月七日付宗教法人天台宗の岐阜県、愛知県、静岡県を基盤とする東海教区の宗務所長解職処分を取消せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、昭和三四年(ワ)第三二号事件につき、「被告は原告が宗教法人天台宗宗議会の岐阜県、愛知県、静岡県を基盤とする東海教区選出の議員であることを確認せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決をそれぞれ求め、その請求原因として次のとおり陳述した。
一、原告は宗教法人天台宗の傘下に属する宗教法人圓光寺の代表役員たる住職である。宗教法人天台宗は宗制第十九条、第二十条により地方区を二十四教区に分け、各教区に宗務所を設け、各宗務所長は宗務所長選挙法により各教区から選出された者を天台座主が任命し、それぞれ各教区を代表して宗務を処理せしめることを定め、また宗制第二十一条第三十七条により宗議会の制度を設け、宗会議員選拳法の定めるところにより前記二十四教区から選出された二十七人、延暦寺一山から選出された一人、特殊法流から選出された一人、合計二十九人の議員で宗議会を構成し、これを規程の制定等の機関としている。原告が住職である圓光寺は岐阜県、愛知県、静岡県を区域とする東海教区に属し、原告は東海教区における宗務所長ならびに同教区を選挙区とする宗会議員の選挙権、被選挙権を有するものである。
二、宗教法人天台宗は昭和三十三年八月五日機関誌比叡山に天台宗報一二二をもつて各教区の宗務所長および宗会議員の各選挙を同年十月一日に行うこと、各立候補の届出は同年九月一日までとし宗務所長の候補者は千円、宗会議員の候補者は五千円を宗務所に供託することを告示した。而して東海教区における右各選挙の選挙長として同年六月一日善光寺住職出雲路順敬が就任したが、同人は同年九月十七日辞任し、賢林寺住職山北豪祐が後任選挙長に就任して選挙を完了した。
三、原告は昭和三十三年八月三十一日東海教区の宗務所長および宗会議員に立候補の届出をなし、所定の供託金を供託した。同教区では原告の他に正行院住職傍島弘覚が同年八月十八日に右両選挙に立候補の届出をなし、それぞれの供託金を供託したが、同人は同年九月五日供託金を下戻して立候補を辞退したので候補者の資格を失つた。かくして十月一日の選挙当日には立候補者は原告一人であつたから、選挙長は前記各選拳法の定めるところに従い原告を当選者となし、同日選挙録を作成し、原告を当選人に決定の告示をなし、当選証を交付し、原告はこれを承諾したので、選挙長は天台宗宗務庁庶務部長に申達して右各選挙に関する一切の手続は完了した。よつて原告は東海教区選出の宗会議員に確定し、また天台座主は同年十月三日付で原告を東海教区宗務所長に任命した。
四、宗会議員選拳法第三十四条、宗務所長選挙法第三十三条によると、選挙人又は当選を失つた者が選挙または当選の効力に関し異議あるときは一定の期間内にその理由書および証憑を具して審理局長に異議を申立て審判をうけることができる旨を規定している。しかるところ、立候補を辞退した傍島弘覚は昭和三十三年十月一日、選挙資格者薬師寺住職森下全哲は同月五日、いずれも相手方を表示せずして審理局長に対し「宗会議員、宗務所長選挙に当り嘘偽の教区告示をなせしことについての訴願」と題して新旧選挙長や原告等は選挙妨害、干渉、嘘偽告示をなし選挙を混乱せしめたとの事由を記載した文書を提出した。
審理局の組織、権限、手続等に関しては審理局規定が制定されており、同規定第一条に審理局は各種選挙の異議に関する事件を審理決定する旨を規定しているから、宗務所長選拳法第三十三条、宗会議員選挙法第三十四条と相待つて異議の申立ができるとしても、異議申立に関しての手続規定がないので明確を欠くが、審判手続の一般的な本質からみて選挙権を有する者は選挙長を相手方として選挙の無効又は取消を求める異議の申立ができ、当選を失つた者は当選人を相手方として当選の効力を争うことができるものである。然るに傍島弘覚、森下全哲が審理局長に提出した前記訴願と題する書面は右選拳法に規定する異議の申立に当らないし規定上訴願をなす根拠もない。またこれを異議の申立とみても選挙長又は当選者なる原告を相手方とすべきものであるのに相手方の表示がないから違式であつて異議の申立としての効力を生じない。それにもかかわらず審理局は右訴願書を異議の申立として受理し、選挙長に対し弁明書の提出を求めたので、選挙長は、右訴願書は異議の申立としては効力はなく、また前記の理由で傍島弘覚は立候補者としては失格し原告の当選は有効である旨を回答したのである。しかるに審理局は原告に対しては意見を述べる機会も与えずして昭和三十三年十一月十二日前記宗務所長および宗会議員の選挙を無効とする旨の審判決定をした。
五、かくして天台座主中山玄秀は原告に対し東海教区宗務所長解職の辞令を交付し、また宗議会は昭和三十三年十二月十八日招集され同日鮎貝真観が議長に選任されたが、当日原告には招集通知なく、宗議会の議員として待遇されなかつた。しかし前記各選挙の手続に違法の点はなく、また審理局の審理決定は効力を生じない。仮に審理局の審判が有効としても該審判が最終的な確定力を有するとすれば憲法第七十六条第二項に違反することになるから、右選挙の有効無効、当選の効力については裁判所によつてのみ最終的の判断がなさるべきものである。
六、被告が主張する被告の当事者適格を争う抗弁に対し、天台座主は選挙により当選した原告を宗務所長に任命したのであるが、前記の理由により正当の理由なくこれを解職したから、右解職処分をした天台座主を被告とする解職行為取消請求の訴は正当であり、また天台宗宗議会は宗教法人天台宗の機関であるが、原告の宗会議員たる資格を否認するから、その資格の確認を求める訴は宗教法人天台宗を被告としても或はまた天台宗宗議会を被告としても提起し得るものである。なお、天台座主中山玄秀は昭和三十四年十一月九日死亡し後任として即真周湛が就任した。
よつて原告は被告天台座主即真周湛に対し原告の東海教区宗務所長を解職した行為の取消を、被告天台宗宗議会に対し原告の宗会議員たる資格の確認を求めるため本訴に及ぶと述べ、立証として昭和三四年(ワ)第三一号事件につき甲第一号証、第二号証の一乃至三、第三号証の一、二、第四号証乃至第十二号証、第十三号証の一、二、第十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証乃至第十八号証、第十九号証の一、二、第二十号証の一乃至六を提出し、昭和三四年(ワ)第三二号事件につき甲第一号証、第二号証の一乃至三、第三号証の一、二、第四号証乃至第十二号証、第十三号証の一、二、第十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証、第十七号証の一、二、第十八号証、第十九号証、第二十号証の一乃至七を提出し、
昭和三四年(ワ)第三一号事件に被告提出の乙第一号証乃至第十四号証、第十六号証、第二十一号証の成立を認め、乙第十五号証、第十七号証乃至第二十号証、第二十二号証は不知と答え、昭和三四年(ワ)第三二号事件につき被告提出の乙第一号証乃至第十四号証、第十六号証、第二十一号証の成立を認め、乙第十五号証、第十七号証乃至第二十号証、第二十二号証は不知と答えた。
被告等訴訟代理人は両事件につきいずれも原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。
一、昭和三四年(ワ)第三一号解職行為取消請求事件において天台座主は被告たる適格を有しない。即ち天台座主は選挙の結果に基き原告を東海教区の宗務所長に任命し、次いで審理局の右選挙を無効とする審判に基き原告の右宗務所長の職を解いたのであるが、天台座主の右任命ならびに解職行為は宗教法人天台宗の機関としての行為であり、被告適格を有するものは宗教法人天台宗である。また昭和三四年(ワ)第三二号資格確認請求事件において天台宗宗議会は被告たる適格を有しない。即ち宗議会は宗教法人天台宗の宗派内の意思決定機関であるから、被告適格を有するものは同様宗教法人天台宗である。
二、原告の請求原因第一項、第二項の事実、第三項中傍島弘覚が供託金を下戻して立候補の資格を喪失したとの点を除くその余の事実、第四項、第五項中原告の意見に亘る部分を除き、傍島弘覚、森下全哲から審理局に対し原告主張のような書面が提出され、審理局は東海教区の宗務所長ならびに宗会議員の各選挙を無効とする旨の審判決定をなしたこと、右審判に基き天台座主は原告の宗務所長の職を解く辞令を交付し、また宗議会の開催に当り原告に招集状の発せられなかつたことはいずれも認める。
三、昭和三十三年八月二十五日当時東海教区宗務所長であつた原告から宗務所長、宗会議員の選挙に立候補の場合には審理局員や宗務監査員はその職を辞任すべきか否かを本庁に照会があつたので、本庁は庶務部長の名をもつて立候補の場合は右役員は辞任すべきである旨を回答した。同月三十日傍島弘覚から宗務監査員辞任の電報通知があり、同年九月一日に八月十五日付の右辞任届書が提出された。ところが原告から兼職を禁じられている宗務監査員の辞任は立候補届出前になすべきものではないかとの疑問が提出されたので本庁側は研究の上回答することとした。然るに出雲路選挙長は傍島弘覚が宗務監査員辞任の届出前に立候補の届出をしたから失格であるとして同年九月五日供託金を返却したので、傍島弘覚から本庁へその措置の当否を問合せて来た。本庁では宗務総長の名をもつて右立候補届出は有効なる旨回答し、選挙長にもその旨を通知したところ、九月十一日選挙長と原告は本庁に来て右立候補の有効無効について押問答を重ねたが、本庁は有効なることを説明しておいた。しかるところ九月十四日辞任した出雲路選挙長の後任である山北豪祐選挙長は九月十八日に傍島候補が九月五日立候補を辞退した旨を告示して選挙を執行し、原告が無競争で当選した旨本庁へ届出した。その後傍島弘覚と森下全哲から宗務総長と審理局長宛に右選挙に関し異議の申立があつたので、審理局は山北選挙長は弁明書および選挙関係書類を提出させ、新旧選挙長に証人として出頭を求め、山雲路前選挙長のみ出頭し審理の結果前記両選挙はいずれも無効とする判定をなし、右審判決定書は審理局長から新旧選挙長と原告に送付された。
右審判に対し第二次審査を請求し得る期間である二十日間を経過した後、原告の宗務所長を解任し、また宗会議員名簿より削除し、昭和三十三年十二月二十五日庶務部長の名をもつて東海教区における両選挙を発令したのである。
四、原告は傍島弘覚や森下全哲から提出された訴願と題する書面について、本件選挙に関し訴願し得る規定はなく、かりにこれを異議の申立とみても相手方を表示していないから無効であると主張するが、宗務所長選拳法第三十三条、宗会議員選拳法第三十四条は選挙の効力に関する不服申立の規定であつて、異議の申立なる文字を使用しなければならぬものではなく、訴願なる文字を用いたとしても不服申立の意味を有するものであるしまた右条文上選挙長または当選人を相手方とする必要もない。
五、出雲路前選挙長は傍島弘覚が宗務監査員の現職のまま立候補しても差支ないのに、これを無資格者として供託金を同人に返戻したのであつて、同人は立候補を辞退する意思はなかつたのである。その後宗務総長は宗務監査員在職のまま立候補しても有効である旨を回答したので、傍島弘覚は選挙期日たる十月一日より前である九月九日に改めて同選挙長に供託金を供託したにもかかわらず、これを後任の山北選挙長に引継がず、審理局の審判があつた後に本人に返還された。従つて傍島弘覚の立候補は有効であり、選挙には二人の候補者があつたのに候補者は原告一人として投票によらず原告を当選者と決定したのは違法である。そして前記各選挙法によれば、選挙の効力に関し異議の申立があつた場合に、審理の結果選挙規定に違反があつて選挙の結果に異動をおよぼすおそれのあるものに限りその選挙を無効とすることを規定しているのであるが、右の如き措置は選挙の結果に異動をおよぼすおそれのあることは明らかであるから、審理局が前記両選挙を無効としたのは正当であつて、原告の本訴請求はいづれも失当である。
被告等訴訟代理人は立証として昭和三四年(ワ)第三一号事件、昭和三四年(ワ)第三二号事件につきいづれも乙第一号証乃至第二十二号証を提出し、証人木下寂元の証言を援用し、甲号各証はいづれも成立を認めた。
理由
宗教法人天台宗は宗制をもつて地方を二十四教区に分け、各教区に宗務所を置き、宗則たる宗務所長選拳法の規定に従い各教区で選出した者を宗務所長として天台座主が任命することを定め、また宗制をもつて天台宗宗議会の制度を設け、宗則たる宗会議員選拳法の規定に従い各教区で選出した者を宗会議員とすることを定めていること、原告は岐阜、静岡、愛知の三県を区域とする東海教区に属する天台宗傘下の圓光寺の代表役員であるが、昭和三十三年十月一日執行された東海教区の宗務所長および同教区から選出する宗会議員の選挙に立候補し、同教区では他に立候補者がなかつたものとして原告が無競争で当選者と決定したこと、天台宗では宗制をもつて審理局を置き、別に宗則たる審理局規定を設けて各種選挙に関し異議の申立があつたときは審理局がこれを審判することを規定するところ、東海教区における前記各選挙に不法の点ありとして同教区の天台宗傘下の寺院の住職傍島弘覚、森下全哲から審理局に対し審判の申立があつたこと、審理局で審理した結果右各選挙を無効とする審判をしたので、原告は当選の効力を失つたものとして天台座主は原告の東海教区宗務所長の職を解き、また宗会議員名簿より削除されたことはいづれも当事者間に争のない事実である。
原告は前記東海教区における各選挙に違法の点はなく、また審理局の審判は無効であると主張し、本訴において天台座主のなした宗務所長解職行為の取消と宗会議員たる資格の確認を求めるものであるが、当裁判所は次の理由により本訴は不適法の訴として却下すべきものと考える。
国家内にはそれぞれの目的のため組織された多種多様の団体や社会が存在する。仮にそれらを部分社会と呼ぶとすれば、部分社会は自律的な法秩序によつて自らの存立を保持し、自らの目的のため活動しているのである。勿論部分社会も国家の主権に服し国家の法秩序により統合されているのであるが、国法は部分社会の内部の細部に至るまで全般に亘つて規整するものではないし、部分社会のあらゆる行動に関心を有つたり干渉したりするものでもない。国家の部分社会に対する法規整の程度は一に立法政策によるものであつて、部分社会は国法に違背せず、公序良俗、公共の福祉に反しない限り、自治的な法によつてそれ自身を規律し行動し得るものである。そして自治的な法規範の実現やすべての紛争が常に裁判所によつて公権的に解決されねばならないものではなく、国家の法により特に裁判所の権限としていない限り、その社会内部の自治的な処理に任されているものと考えなければならない。
もつとも、国民が平等に享有すべき市民的な権利や国民の自由が問題となるような紛争は必ず裁判所の審判によらなければならないものであつて、これを部分社会内の規範で制限したり、内部的な機関で最終的な決定に任せることは許されず、また、生命、自由を奪うような制裁を加えるようなことは勿論許さるべきことではないが、そうでない限り部分社会は自治法をもつて紛争の最終的な判断や処分をなすことは差支ないのである。このことは特別裁判所の設置を禁じ且つ行政機関が終審として裁判を行うことができないことを規定する憲法第七十六条、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪はれないことを規定する同法第三十二条や、原則として一切の法律上の争訟を裁判する権限を裁判所に与えている裁判所法第三条に違反するものではない。けだし、国民が裁判所の裁判を受ける権利や裁判所が法律上の争訟を裁判する権限は国家法秩序に関するものを指すと解すべきものであるからである。
これを本件についてみるに、宗教法人天台宗の内部機関たる各教区宗務所の所長および宗議会の議員の選挙が適正に行はれたかどうかは天台宗自体の認定と判断に任すべき事柄であり、天台宗では各種選挙に関する紛争については宗制、宗則をもつて審理局が審判することを定めているのであるから、原告は審理局の審判に服すべきものである。そして右選挙の効力如何、ひいては原告が宗務所長、宗会議員の地位資格の有無は直接的に市民的権益に関係のない天台宗内部の組織、機関の問題であり、また憲法が保障する信教の自由およびその自由に基いて行う宗教上の行為を制限する事柄でもないから、天台宗審理局の判断は最終的のものであり、審理局の審判の効力を争い宗務所長解職行為の取消や宗会議員資格の確認を求める本件訴の如きは裁判所の権限外であるから、他の争点につき判断するまでもなく原告の本件各訴は不適法として却下すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 三上修 梨岡輝彦 柴田孝夫)